東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2910号 判決 1978年8月08日
控訴人 内山隆康
被控訴人 斉藤正嗣
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和五一年一二月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠の関係は、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(主張)
一 被控訴代理人
仮りに契約解除の主張が理由なしとするも、本件売買契約は、おそくとも昭和三〇年ころ当事者間において、黙示的合意により解除されたものである。
二 控訴代理人
右事実を否認する。
(証拠関係)<省略>
理由
一 訴外金井桂司郎が昭和二六年六月二日被控訴人から本件土地を代金三万七、一五五円で買受け、同日内金として金一万円を支払つた事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、第二号証によると、右桂司郎は同二八年五月九日死亡しその妻訴外金井みすが同日相続によつて同人の権利義務を承継したこと及び右みすの養子である控訴人が同四〇年九月一五日同女の死亡に基づく相続によつてその権利義務を承継した事実を認めることができる。
二 被控訴人は、昭和二八年一〇月ころ右売買契約を解除した旨主張するが、これに符合する原審証人斉藤ちゑ、原審及び当審における被控訴本人の各供述だけから直ちに右事実を肯認することはできず、他にこれを肯認するに足りる証拠は存しないから、右主張を採用することはできない。
三 次に、被控訴人は、本件売買契約は黙示的に合意解除された旨主張するので、以下この点について判断する。
成立に争いのない甲第四、第五号証、当審証人内山長一の供述によつて成立を認める甲第六、第七号証、右甲第六号証に照らして成立を認める甲第三号証に、原審証人斉藤ちゑ、伊藤伝吉、原審及び当審における証人内山長一、被控訴本人の各供述を総合すると、次の事実を認めることができる。
(一) 本件土地を含む付近一帯の土地はもと田であつたところ、大正の初めころ土地所有者らがこれを埋め立てて宅地とし、その後互に交換分合をしたものであるが、その関係は輻輳し必ずしも登記簿上の表示と一致しなかつたこと。
(二) 本件土地は、亡みす所有の同所三三番一の宅地と国鉄東海道本線に狭まれた袋地であつて、そのうちには被控訴人が昭和三年八月二四日訴外藤田弥三郎から交換によつて取得した同所三三番五宅地八坪及び同番六宅地一坪が含まれていたが、戦後亡みすの夫亡桂司郎がこれを無断で家庭菜園として使用し、次いで同二一年ころ同人が右三三番一の宅地に建物を建築した後これを庭の一部として使用していたこと。
(三) このようなことから、前示のとおり、昭和二六年六月二日亡桂司郎の申出によつて被控訴人との間に本件土地売買契約が締結され、内金一万円の授受がなされるに至つたのであるが、被控訴人は、右契約後間もなく、本件土地の登記済証を預けていた司法書士訴外伊藤伝吉に対し印鑑証明書などを託して亡桂司郎に対する本件土地所有権移転登記手続を依頼するとともに、屡々右桂司郎に対しこの旨を告げて登記と引換えに残代金の支払いを求めたこと。
(四) 被控訴人は、右桂司郎が残代金の支払いをしないで昭和二八年五月死亡するに至つたため、そのころから同年一〇月ころまでの間、数回にわたり右桂司郎の相続人亡みすに対し本件売買契約の履行を求めたが、同女は「私にはわからない。」とか、「甥に委せてある。」というだけで、地価の高騰している折にもかかわらず残代金の支払いはもとより登記に関してもそのまま放置していたので、本件売買契約は解消されたものと考え、前示内金一万円はこれを本件土地の使用料に充当する意思でそのままにしていたこと。
(五) ところが、亡みすは、昭和三三年ころに至り訴外斉藤某を代理人として被控訴人に対し、改めて本件土地を時価の七割程度で買い受けたい旨申出て交渉し、結局不成立に終つたが、その際本件売買契約を精算する趣旨も含めて新規の売買価格を時価の七割程度とする話し合いがなされたけれども、右契約がそのまま存続することを前提として同契約上の義務の履行を求める趣旨の話は、いずれの当事者からも出なかつたこと。
(六) このようにして、被控訴人は、昭和三五年一月二九日ころ本件土地につき同人の弟である訴外斉藤幸男に対し贈与を原因とする所有権移転登記手続を経由したこと。
(七) ところが、昭和五〇年一月二五日、東海道本線高架化事業推進に伴う浜松市の土地区画整理事業の施行により、本件土地については他の土地とともに一括して仮換地が指定され、同年三月ころ本件土地の使用が停止されるに至つたところ、控訴人は、同五一年七月に至り本件売買契約に基づく残代金二万七、一五五円を被控訴人に送金したが、被控訴人において右契約は既に解除されたとしてその受領を拒絶したこと。
以上のとおり認定することができるのであつて、右認定に反する原審証人斉藤ちゑ、原審及び当審における証人内山長一、被控訴本人の各供述は、前顕各証拠に照らしてにわかに信用できず、他にこれを左右するに足りる証拠は存しない。もつとも、当審証人内山長一は、亡金井みすは被控訴人が前示三三番五、六の宅地九坪を藤田弥三郎から買い受けた旨を聞知したのでこれを確めたうえ、昭和二五年ころ右藤田から右の各宅地を買い受けたものである旨供述しており、仮りにその供述するように、亡みすが右各宅地を既に買い受けていたとするならば、亡桂司郎が本件売買契約の全部の履行を拒絶するについて相当な理由を有していたとも考えられる。しかしながら、亡みすが被控訴人において既に買い受けていた前示宅地を、そのことを知りながら二重に買い受けるが如きことは異例のことに属するばかりでなく、また、そのことを当然知悉していたと推認される亡みすの夫亡桂司郎が右みすの買い受けた宅地をその後間もなく、更に被控訴人から買い受けるというようなことは、特別の事情なくしては考え得ないところであるが、この間の経緯を肯定するに足りる特別の事情を認め得る証拠は全く存しないところであるから、右供述をもつて前叙認定を左右することはできない。
以上に認定した事実によれば、被控訴人は、亡金井桂司郎及びその包括承継人である亡金井みすが度重なる登記手続に対する協力の請求残代金支払の請求など本件売買契約に基づく請求に応じないでそのまま放置して二年余も経過したので、本件売買契約は既に消滅したと考え、さきに受領した内金一万円を本件土地の使用料に充当する意思でいたところ、昭和三三年ころ改めて亡みすから代理人を介して本件土地の買受方の申出を受け、交渉の結果不成立に終つたが、その際本件売買契約自体に基づく義務の履行を求められることもなかつたので、同三五年一月斉藤幸男に対し本件土地につき贈与を原因とする所有権移転登記手続をし、しかも、控訴人の本件売買の残代金の送金は被控訴人の亡みすに対する前示請求の時より一三年も後になされたというのであるから、控訴人が本件土地の占有使用を継続していたとの事実を考慮に容れても、おそくとも昭和三三年ころには、本件売買契約は被控訴人と亡みすとの間において黙示的に合意解除されたものと認めるのが相当であり、被控訴人の右抗弁は理由がある。
四 そうすると、その後において本件売買契約を解除したことを前提とする控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。よつて、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 貞家克己 長久保武 加藤一隆)